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昼間、あたりを鮮やかに照らしていた陽はすっかり傾き、世界は今、紅に染まっている。紅葉した木々の葉の緋や橙に薄く反射する夕陽は、朝日とは違う耀きでもって一日の終わりを静かに告げていた。 鳥の鳴き声が小さく聞こえる。土から滲み出すような虫の音、そして風の音。 「秋って、なんだかしみじみしちゃいますね」 冷えた外の空気を遮るため閉じようとしていた窓の外を眺めて、苦笑混じりに八戒は呟いた。一筋、枯れた葉が風に乗って流されてゆくのを見送って。 カラカラと乾いた音を立てながら窓を閉めるとカーテンを引く。薄いレースを通して夕陽が部屋に射し込んで。八戒の顔をレース模様の紅の陽が照らし出し、その目に光が入った。一瞬、深い翠が輝きを増す。眩しさに目を眇めた彼はそのまま背後を振り返った。 部屋がレースの形に刳り抜かれてまるで影絵のように光る、その中に。 夕陽よりも鮮やかで美しく、散る直前の椛よりも悲しみの深い赤を纏った男がいる。 「悟浄、聞いてます?」 返答のないのを訝しんで、悟浄の横たわっているソファに八戒が近づいてゆく。返事の代わりに聞こえてきたのは安眠を示す穏やかな吐息。 「寝ちゃったんですか」 小声で呟く。 「ソファで寝ないように、っていつも言ってるのに」 仕方ない、とため息をつき、ソファの縁に立って真上から見下ろす。 大きめの身体がソファに入りきらず、黒いジーンズに収められた長い脚が不自然に曲げられ縮められていた。その体勢が辛いのか、はたまた顔を直に射す夕陽がまどろむ瞼を刺激するのか、赤い睫毛に縁取られた切れ長の目は固く瞑られ、その愁眉は緩く顰められている。腹に置かれた節の堅い手が呼吸に併せて上下する。規則的に鼻から抜ける寝息。 なんとなく、衝動。 ベージュの綿生地に紅く流れた長い髪。その一房に、手を伸ばす。 爪で軽く触れてから、そっと指先を当てた。毛流れに沿ってぎこちなく移動させると、冷たさが敏感な先から伝わってくる。隙間風にでも中てられたように背筋がぞくりとした。 もっと、と思う心に負けて、悟浄のそれとは明らかに違う、白く華奢な指を深く絡めた。どこかで硬いと思っていた髪、しかしそれは意外なほどしっとりと柔らかくて。手入れの行き届いた艶のある流れ、絡まったところなどひとつもなく、手を引けばするりと抜ける感触が心地好くて、何度も何度も梳いては絡めた。 ふと、見た髪の先が、微かに揺れていた。 震えている? 悟浄が寒いのかと思って引っ込めた手。よく見ると、震えているのは悟浄ではなくて自分のほう。 なんだろう、これ、は。 「ん…」 不意に悟浄が身じろいだ、途端あからさまに身体が震えて。 「?」 わからないままに狼狽える。小刻みに揺れる指の先をもう一方の手のひらで包んで。 疑問を浮かべた自分の顔を見れば果たして答えは見つかるだろうか、そんなことないのにどうしてかそう思って、洗面台のほうへ向かおうと、いつの間に跪いていた脚を伸ばして立ち上がった。固くなった筋がぽきりと小気味よく鳴って、そんなになるまで座り込んでいたのかと、閉めた窓のほうへ目をやった。 レースを通して射しているはずの陽がすっかり落ちていることに今更気づく。 頭を捻りながら洗面台に立って、正面から鏡に向って見詰めた、自分の顔。 うわ、 赤い。 自覚した途端感じる顔の火照り。耳の先でまで熱く脈打つ心音を、なぜか自分のものとは思えず、右耳に触れて引っ張ってみた。指に感じるのは上昇した体温の熱さ。 これは。 耳を塞いで、頭を抱えて。 …これって? 八戒が洗面台へと姿を消して、数秒後。眠っていたはずの悟浄の瞳がゆっくりと開かれた。 「…熱」 紅く火照った頬。 八戒の指の感触がいまだ消えずに残っているその一房。 熱い。 |
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