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哲学的に考えると、いま隣で笑っている八戒という男に対するこの気持ちは、世間一般で言われているような愛とか恋とかそういう、甘い感情ではない気がする。春香る風を頬に感じてふと、そんなふうに思った。 目の前に舞う仄かな色の花びらに隠れてしまうほど淡く微笑む彼に逆に実感する。 好意には違いない、はずだ。実際好きで好きで好きすぎて、好きという言葉ではおさまらないほど好きであるから。それこそ一緒にいるだけでは満足できない、言葉を交わすだけでは物足りないほどに。 独り占めしたい。 もっと傍にいて、息がかかるほど心音が聞こえるほど傍にいて抱き締めて囁いて、欲しい。この舞い散る薄紅の幕すら取り去って、八戒の息づく生気を生々しいほど感じていたい。同時に、自分のそれも同等に、いや、それ以上に感じていて欲しい。 ずっと。 永遠を望んでも叶わないとは知っているけれど、ずっと。 降り注ぐ薄紅たちはその多さとその小ささで中途半端に八戒の存在を隠すから綺麗であるのか目障りであるのかわからない、けれどその隙間から見える八戒の形は間違いなく八戒そのものであるから。 見ているだけで、とろけそうだ。 もしも。 もしも死ぬのなら、幸せなときのまま死んでしまいたい。 いっそいまこのとき、死んでしまってもいい。 ここまで他者を好きになったことがなかったから、いまいちわからないのだ。 どうしたらよいのだろう。 「八戒、」 「なんです?」 「俺、お前が好きなんかな」 だって、いまこのときに死んでしまいたいなんて。 「離れたくなんかねえのに、」 永遠を願っているのに。 いっそ殺して、なんて。 |
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