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春めいてきたといっても、陽の落ちた夕方から夜中にかけてはまだ冷える。暖房器具なんか我が家唯一の団欒スペースであるリビングにしか設置されていない上にコンクリートだけで囲われたこの家は、寒さだって安住したくなるほどの温度しか保てない。 増してや、自室の寒さといったらまったくもってないわけで。 「…さみ」 頭まで綺麗に被った布団の中で呟いても白いもやは見えない、けれど言葉と共に出た息が外気よりも温かいことを考えれば見えていないだけで実際は白いのだろう、たぶん。もし眼鏡でもかけていればそのレンズは容易に曇っているところだ。やつの眼鏡だってそうかもしれない。まあ寝ているときはさすがに外しているだろうけど。 「…」 なんだろう、なんとなく、心もとない。 別に。 部屋に行ったところでもう寝ているかもしれないし、起きていたら起きていたで変な行動を取り出すかもしれないし、大体自分より体温の低いやつを抱き枕にしたところで現状が改善されるとは思わない。 思わない、けれど。 あれだ。 恋しい。 「…」 折角冷えが侵入してこないように足先から頭にかけてずっぽりと被っていた掛け布団を、よれるのも構わず片手だけで剥がして。その勢いに派手に動いた部屋の空気が頬を滑ってそこを起点にして鳥肌が立ったけれど、それすらも構わない。 枕だけを掴んで素足を床に落とす。 別に。 寝ていたって起こせば済むことだし、起こして起きなければ失礼して隣に潜り込んでしまえばいい。起きていたとして変な行動取ったら殴ってやればいいし、大体布団を剥がしてこの気温だったら自分より低い体温でも少しはあったかく感じられるのではないか? ぺたりぺたりと足音が、つるりとした床の上で泥棒の侵入のようにひそやかに響いた。 自分の部屋から八戒の部屋までなんて、そんな何分とかかる距離でもない。 しんと静まり返った彼の部屋のドアノブを見詰めて、ずり落ちそうになった枕を軽く弾ませて抱えなおす。 一応の礼儀を持って扉を控え目に叩いた。 別に。 「はい?」 別に、ただ、寒いから、だ。 |
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