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人肌恋しい時期になりました。 「…だから?」 この小さな家の家主の部屋のベッドの上、見下ろす僕に対して不機嫌に顔を歪めながら悟浄が訊いてきます。布団に押し付けられ縫いとめられた腕に甲斐のない力を込めて押し返そうとしているのにまったく意味を成していないのが可哀相ですが放したら逃げてしまうので放しません。きっと放したら痕がついて痛々しいんでしょうね、別に構わないですけど。 「人恋しいんですよ」 「だから?」 「だから触らせ」 「嫌」 「…」 言い切る前にきっぱりはっきり拒否されちゃいました。 「お前ただやりたいだけだろ」 それはそうなんですけど、だってムードってものがあるじゃないですか。 寒いな。そうですね、でも。でも? 悟浄がいてくれれば。八戒…。悟浄。 みたいなみたいなみたいな! 「なんていうか、バカ?」 「それはそうなんですが」 「否定しろ」 いつの間に思考が口に出ていたのかと不思議ですが、口に出ていたのではなくてきっと悟浄が僕の心の内を勝手に読んでしまったのでしょう。心外、とも思うんですが悟浄にならすべてわかられてしまっても嬉しいからまた不思議。 「おい、バカ」 「なんですかその失礼な呼び方は。僕は八戒」 「いいから黙れバカ八戒」 「繋げただけじゃないですか」 バカバカ言われるとバカはバカなりに傷ついたりもするんですけどそんなこと知ったこっちゃあない様子で組み敷かれたまま悟浄が睨んできてます。けどそんな睨み方じゃあ僕にはあんまり効かないですよ。ていうか僕、悟浄の睨んでる顔って好きなんですよね。戦闘のときの不敵に笑った顔も好きなんですがこういう、ただ不機嫌な顔も好きで。あっけらかんと笑ってる顔が一番見ててむかつきます、なんか幸せそうで。幸せの理由とか原因が僕、であるなら全然許せるんですが。 「こんなことする奴にどうやったら幸せ感じられるんだ?」 またまた思考を読んだんでしょうか、すごいですね悟浄、エスパー伊藤並みですよ。 「てめえがうるさく喋ってんだよバカ」 「またバカって、」 「もう黙れバカ」 酷いですよ、こんな言い方ってないと思いませんか皆さん。仮にも恋人に向かってこの暴言。昔の悟浄はこんなこと言わなかったのに。出会ったころはそれはもう控え目で僕の内情なんてまったく立ち入ってこないである意味放置プレイな感覚に腹立ったりもしましたが今思えば懐かしい限りです。どうしてこんなに捻くれちゃったんでしょうか、僕の教育がいけなかったとでも? いやいやそんなこと絶対にありえない。 「黙れって言ってんだけど、」 「黙ってるつもりなんですけど、」 悟浄を見てるとついつい神経が緩んできちゃうみたいです。見てるだけで幸せだからでしょうか、こうやって触れていられるだけで幸せだから。 それなのに悟浄ときたら僕といても幸せじゃないとのたまいやがるんですよ。酷い話ですよね。僕だけじゃ満足できないということなんでしょうか、わがままにもほどがありますよまったく。 どうやって幸せにしてやるか? そんなの決まってるじゃないですか。 「だからこれから幸せの絶頂にお導きして差し上げようかと」 「遠慮したいんだけど」 「返品不可」 「押し売りじゃねぇか!」 今更になって暴れだしてももう遅いですよ、幸せにして欲しいって言ったのはそっちなんですからね。 ひとまずそのうるさい口を塞いで抵抗する気がなくなるくらい身体の力を吸い取って。 「幸せですか?」 「っ、」 幸せですね。 さあこれからもっと幸せにしてあげますよ。 覚悟してください、人恋しい夜はこれからまだまだいくらでも、訪れるんですから。 |
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