←戻 |
今夜も窓の外は、土砂降りが降り続いてる。 そんな歌詞を綴った歌があったなあなんて思わず思い出してしまうほどの悪天候。 鬱蒼と繁る森の奥、こじんまりと佇む我が家の灰色の自室で、激しく窓を打つ雨粒に辟易しながら悟浄は、風呂上り、髪も乾かさずベッドに横になった。 湿って色濃くなった髪の一房が肌に張り付くのがわずらわしい。億劫にも振り払えば、手入れもされず痛んだ数本が指に絡まってそのまま抜けて、微かな痛みが悟浄の眉を顰めさせた。 意外にも細い朱の糸が節くれだった手の薄い肉に食い込んでいる。 「ああ、もう」 苛々とため息を吐く。 「うざ」 微かな呟きはうるさいほどの雨音に掻き消されてほとんど響かなかった。 意志薄弱の薄倖美人と一緒に暮らし始めて半年とちょっと。同居人の心底の傷はいまだ癒えることなく毒のようにじわじわと彼を苦しめていた。 特にこんな雨の日には身体の傷も異様に疼くらしく、必ず部屋に閉じこもる。食事もろくに摂らない。部屋に様子を見にゆくと青白い顔に笑顔を載せて、大丈夫と言う。寝つきも悪い。たまにうなされているような声が聞こえてくる。 名前を変えて生き方を変えて、すべてに踏ん切りがついたように見せかけても、だからといってそう簡単に癒えるわけがない質の悪い傷。 トラウマ。 見えないだけにどこまで広がっているのかわからない、気づけばどこまでも侵食して、膿んで、また広がってゆく様は、そうまるで酸かなにかの毒のよう。 わかって、いるのだけれど。 そんな彼を身近で見ていて、なにも、癒してやれない自分に、ものすごく腹が立つ…ときがある。 馴れ合いは望んでいない。ただなんだか、苛つく。 雨音はいよいよ激しさを増している。初夏の陽気を冷たい雨が奪ってしまったように、タンクトップを着ただけの肩には薄ら寒いほどの気温で。 とりあえずカーテンを閉めようと近づいた、窓際。 ふと聞こえてきた、隣部屋の住人の、声。 「花喃…」 一切の音さえも消し去ってしまうかのような雨音のなか、嫌味なほどしっかりと聞こえてきた、それ。 嘆き。 「…っくそ」 自分に対してだろうか、それともこのわずらわしいほどの雨音に対してだろうか。舌打ちは、使い古されて沈んだ布団の奥底に落ちていった。 夢ですら喧嘩をした。 「だからさ、なんか言いたいことあんなら言えっつってんだろ」 「別に、なにもないですよ?」 「ほら、それがなにもないって面かよっ」 「僕は元々こういう面ですけど」 「っかつく」 「お褒めに預かり、光栄です」 「可愛くねぇぜ」 「結構ですね」 なあ、お前って俺のなんなわけ? 俺はお前の、なんなわけ? 「あ、おはようございます」 昼ごろのそりと、起き出した悟浄に、時間外れの挨拶をなぞかましながら笑う八戒の手元には、降り続いたの土砂降りで干せなかった二日分の洗濯物がぎっちりと収められた籠がぶら下げてある。 「晴れて、よかったですね」 爽やかに笑うその顔。 なんか、無性に。 「…っかつく」 「なんです?」 「知らねぇ、自分で考えな」 「は?」 「領域侵犯はルール違反だぜ」 「…はぁ?」 俺はまだ、自分のことで手一杯だ。 |
←戻 |