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遊び盛りの子どものように時間も忘れるくらい。 朝日が斜めに差し込むキッチン、乱れた衣服で絡ませあう手足は素肌が擦れて焦げそうなほど熱い。おかしい、昨夜あんなにも焦がしあったはずなのに、いま見れば肌はちゃんと皮を張っていて、自分の回復力は本当に常人以上なのだと我ながら変なところで実感する。 「な、やめねえ?」 少しずつあがってゆく呼吸の合い間に小さく囁きかければ、濡れた漆黒の髪が鼻先を掠めて持ち上がり、その下に隠された美貌が現れる。いつもは白い面が微かに紅潮しているのはシャワーを浴びたせいだけではないだろう。 水ではないなにかに濡れた目が冷たく燃えて、その淫らな色に捕らわれる。翠玉に映った自分がその炎に歪んだまま揺れていた。 「やめられるなら?」 挑発的に呟いた八戒の薄く開いた口唇から漏れた出た湿った声が、悟浄の肌をしとらせた。火照ったその皮膚、汗ばんだ表面に吸い付くさま撫でる八戒の手の甲が、眩しすぎていっそ白いぐらいの陽光に照り映える。艶めかしくて、見ているだけで沸騰しそうだ。触られているだけで焦がれてしまうくらい。 「やめます?」 試すような言葉の隙間、微かに見えた赤い舌が淫らで不覚にも噛み付きたいと思った。視線を剥がすことができないでいると、笑みに歪んだそれが見透かしたように被さってきた。 与えられるまま貪る。 「…やめます?」 離された口唇を名残惜しそうに追う仕草を笑いながら八戒が再び問いかけてきた。 わかっているのに。 「…やめられるなら」 とっくに。 そう言った先で、八戒の笑みが朝陽にいやらしく光った。 悔しい、なにもかもを先読みされて、行く先に幾重にも繊細に仕掛けられた罠にわかっていながら絡めとられてしまう自分。見えなければ、気づかなければまだ救われたのに。 質が悪すぎる、わざと見せ付けるように仕掛けられているなんて。 わかって、いるのに。 吐息は速度を上げ熱量の増した身体を持て余す。 掠める程度に触れる白い手がもどかしいが、こちらだけが欲しいと請うのは悔しくて情けなくて、意趣返しに湿った白の肌に手を添えて撫でてやればくすぐるような笑いとともに八戒の動きが激しいものへと変わった。与えたぶんだけ返してくるその律儀さがいまは少し恨めしい。求める分だけしか手に入らないことが物足りなさを増長させる。 それ以上を望め。与えてやるから。 故意に促す仕草を繰り返す八戒が清潔さの欠片もない笑顔を欲に染めて見詰めてくる。 いつもとは違うその汚れた顔。綺麗に汚れたその顔。 「ん、ッ…ッ」 想像に掻き立てられた思考が抑制の箍を外した。 いけない、と思いつつもとまらない歯車が拍車のかかった勢いで自身を追い詰めてゆく。弄る八戒の手の動きと記憶が連動して瞼の裏側で何度も火花が乱舞した。開けているのにどこか暗い視界、八戒の眼差しだけが色を伴って耀く。水面に漂う魚の残骸のよう、その緑の湖水に映る自分が酷く心地好さそうな顔で、いた。 「ねえ、」 呟いた八戒の笑顔。 「僕のこと、」 「っ、?」 「どう…思ってますか?」 「…わかんね、ぇ?」 絡んだ視線に蕩けるほどの光が混ざる。 抱いた腕が抱き返す強さで握り返されて、骨が折れるかと思うぐらいの衝撃を感じて。 ああ、こんなにも嵌まっている。 |
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