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住み慣れた家の近くにある緑の草原で、さらりと吹いた風に彼の持つ長い赤髪の一房が絡まって、透明な流れに引かれるままにこちらの手のひらの上へと落ちてきたそれを柔く掴む。糸のように細く、それでいて糸よりも存在感のある確かな質量と独特の熱量が手のひらに収まること、彼を捕まえられること。 その距離にいま、自分がいること。 「安心って、こういうことですかね」 そのことにたぶん、いま初めて気がついた自分に苦笑。 いまにも風に攫われてしまいそうなほどか細い髪を攫われまいとしがみつけば、ぷつりと途切れるかと思いきや意外にもしっかり引っ張られる髪の先で「痛ぇ、」と非難しながら、しかし振り解こうとはせずに成すがまま倒れこんでくる悟浄の身体をこれまたやんわりと拘束して。 重なる心音がどこか、切なく感じた。 「いつ、帰ってこられるんでしょうか」 弱音はみっともないとわかってはいるのだけれど。 「明日ここを発って、いつここに戻ってこられるか」 逃げたいわけではないのだ。 遠感、というやつ。以前は信じていなかった、いや、信じていたのに悪い形で裏切られたことから信じられなくなったそれを、数日前に初めて、感じた。 自分たちの恩人であるふたりに降りかかっている危険。 それがたぶん、この場所に起きている異変となんらかの関わりがあるであろうことも察したいま、自分たちは逃げるわけにはいかない。 ただ、隠す必要などないと思った。実はずっと怖かった。 「んなこた知らねえ」 八戒の膝の上に寝転がった状態で他人事のよう呟く悟浄に、彼はこの膝の温もりがなくなることが怖くないのかと、八つ当たりに似た気持ちで思う。 「これからもずっと、一緒にいられるんですかね」 だって、いまとは逆にこの先にあるのは不安。 旅に出れば、この先この距離を失ってしまうかもしれないという不安。安心を失ってしまうかもしれないという不安。 二度と会えなくなるかもしれないという不安。 「…知らねえって」 拗ねた声に悟る。ああ彼も、不安なのだ、と。 それだけでまた安堵のため息が漏れる自分は、かなりのゲンキンだ。 拗ねたまま起き上がろうとした彼の意外にも細い手首。目の前に揺れたそれを、それが当然であるかのようにこれまたやんわりと掴んで。 優しく吹いた風に舞った赤のカーテンをそっと剥がして、そこにある顔に既視感。 「なんか僕たち、どこかで会いませんでしたか?」 「なにそれ、ナンパ?」 拗ねていたはずなのにおかしそうに笑う彼もきっと、かなりのゲンキンで。 「過去形じゃなくていま、会ったじゃん、会ってんじゃん」 さらっと、偶然のことをさも当然であるかのように言う悟浄の言葉に実感する。 これだから離れられない。 「また、」 会えますか、と訊こうとして口をつぐむ。 確証のない問いはもういらないだろうから。 「また、会えるといいですね」 彼の髪を指に巻きつけながら。 これが切れないうちは、きっとまた会える。 |
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