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秋深まり、といって寒さが身に染みるほどではなく、冬浅く、といって肌寒さを感じないわけではない、そんな中途半端な、季節の変わり目。 煙草のヤニにくすんだ窓を押し開けて、悟浄は枯れ始めた木々の葉脈を目で辿った。手入れなど一切されず我が家の間近まで長々と生えた枝を、燻らす紫煙で覆い隠す。立ち昇った煙が薄く曇った昼の空に、それとはわからず消えてゆくさまをなんとはなしに眺めては。 「あー」 やる気のないため息を繰り返して。 「やめてくださいよ」 突然背後から声がかかって、紫煙が一瞬、不規則に揺れた。長くなった灰が振動で、狙ったようにぽとり、と手の上に落ちて、熱くはないのにうろたえる。 窓の外に払い落として、ついでとばかりに吸殻を放り捨てると悟浄は後ろを見返した。 「気配消すな」 「あなたが無頓着なだけです」 いつもの軽口。不安定な天気続きで干せなかった大量の洗濯物を抱えて冷淡に言う八戒の緑の瞳が、その口調とは裏腹に柔らかく笑う。眇められた目に、曇天のため昼から点された電灯の光が微かに入って。 翠玉を反射させて眩しい。 それを軽く見返して、紅玉もふうわり、と笑う。 相反しあう色が共に混ざる。 こうして色が生まれてゆく。 また視線を窓外に戻した悟浄は、手持ち無沙汰になった指先に本日何本目かのフィルターを挟んだ。火を点けずに軽く揺らして玩ぶ。 「あー」 「だからやめてくださいって、ため息」 またもやる気のないため息を吐いた悟浄に、八戒が言った。どさり、と重い荷物を落とす音が聞こえて、今度は身体ごと振り返れば、洗濯物をソファに置いて畳み始めている姿。 「なんで?」 「こっちまでやる気が殺げる」 「そらすまんね」 洗いたての衣服を広げて、皺を伸ばして、それを適当な大きさに畳んでゆく。 単調に、そして器用に動く八戒の手をなんとなく眺めて、ゆっくりと流れる時間を感じて。 遠くで鳴く鳥の長い声を聞いた。 「お昼、もうすぐ作りますから」 積み重なった布類を圧縮するように上から押して、跳ね返るその弾力を感じては満足そうに笑って、八戒は言った。畳み終えたそれらを抱えなおして立ち上がると、 「さっきの吸殻、ちゃんと拾っときなさい」 洗面所に消える八戒の後ろ姿を見送って、悟浄はくすり、と咽喉を鳴らす。 いつの間に、あんなふうに笑えるようになったのか。 いつの間に、こんなふうに見守れるようになったのか。 ときの流れは緩やかで、本来の長さよりももっと、もっと長く感じられる。 穏やかな雰囲気が包むこの家は、以前のような冷めた笑いとは違う暖かな笑顔が似合う気がする。緩む自分の頬も、どこか優しくなったように思えるのは気のせいか。 考えて、くすぐったくなってまた笑む。 どこか違和感を感じさせていたこの雰囲気もいつの間にか日常となって。 「すげぇ、進歩」 思わず呟いたところで、八戒が洗面所から戻ってきた。ひとりにやにやと笑っている悟浄を訝しそうに見て、なんです? と訊く。 「いんや?」 「気持ち悪いですよ」 「ひど」 言いながら声を立てて笑って。 ときが癒す、なんて消極的な方法で、きっと自分たちはずっと、こうやって死までの時間を潰してゆく、生きてゆく。 しぶとく図太く。 |
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