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ひ ら ひ ら

 一瞬、衝動。
 その手を、つかみたい。



 久しぶりにふたりで、町へと出かけた。
 なにをするでもない、ただの散歩がてらの外出。温かくなった気温には冬のコートは似つかわしくない。軽装にこれまた軽めの財布を詰めて。
 ざわめく町もどこか浮かれているように感じる。新しい季節が巡ってきた、それを感じた人々の心が雰囲気が、浮かれているような空気感。店のショーウィンドウも心なし優しい色で飾られている。
 風になびく赤髪に混ぜ込まれる春めいた香りが心地好くて、わざと纏めずに暴れさせていたそれを手で抑えて。
 日差しはそんなに強くない。目にも刺さらず眩しくなんてない。ただまろやかに肌を射す程度だ。
「これって、デートですかね」
 茶化すように隣で呟いた八戒に笑いながら「ばーか」とか言って。

 歩道橋の階段はそこそこきつい。
 上がる息に老いを感じた気がして、苦笑が漏れた。
「悟浄、置いてゆきますよ」
「待、」
 てよ、と。
 そう口に出そうとしてあげた目に見えた、八戒の白い手が。
 柔らかな日差しで誘うように、見えて。
 ああ、この手を掴みたいと。
 手を繋いでいたい、と。
「ッ、…」
 上がった息を無理に止めたら息苦しさばかりが募る。
 陽に溶ける背中。置いてゆかれる。
 その手が、遠ざかる。
「悟浄」
 手ばかりを気にしていたら、声が落ちた。
 声に気を取られていたら、手が差し出された。
「早く」
「…」
 くそったれ。
 俺の中、読んでんじゃねーよ。
 心中悪態をついたら、差し出された手がひらひらと逃げた。
「先、行っちゃいますよ」
 それも困る。
「お前、姑息」
「気づくの遅いです」
 悪かったな、と。



 一瞬、衝動、そのまま。
 その手をつかんで。

(20040301)(20070902改定)
悟浄は目の前にふらふら揺れてるものがあるとつかまえたくなるタイプと思う。
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