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春 、 い ち ば ん

 流れるような動きでシーツを広げ、叩き、ふわりと竿に優しく投げかける八戒の姿を見ていると思うことがある。
 やっぱり自分は、こいつが好きなのだなあと。
「見惚れてますよ」
「うっせえ」
 軽口を叩きつつもきちんとこちらの相手をしてくれるところなんか、特に。
 窓から見えるのは八戒と、洗濯道具一式と、空の青だけ。雲の白は特に目に付くほどでもない。
 耳に聞こえるのは八戒の声と、自分の声と、煙草の燃える微かな音だけ。時折、八戒が洗濯物を叩く軽やかな音が乾いた空気に景気よく響く。
 鼻にはニコチンの多い煙草の香と、先ほど浴びたシャワーのお陰で身体と髪から香るシャンプーのにおいだ。弱い風の中に少しだけ混じった、まだ春ではないというのに早とちりにも咲きかけている花の香りも、ほんの微かに。
 穏やかなこの時間にただ交わす意味のない言葉が好き。
 しかし、季節の変わり目というやつは思わぬ悪戯を仕掛けることが多い。
 思わず眼を瞑ってしまうほどの強い風が吹いて一瞬、視界が閉ざされた瞬間を狙って、ふと触れる口唇の感触だとか。
「・・素早すぎ」
「それはどうも」
 機嫌のよい声でそれはもう嬉しそうに笑うその顔だとか。
 全部が全部、この季節の変わり目のせい。
 なんか、たまらない。
「悟浄」
「あ?」
「すっごく、好きですよ」
「・・・わかってるつうの」
「それはどうも」
 だからこれも、季節の変わり目のせい。

(20040320)(20070902改定)
春一番といってもいのきのパクリ漫才師のことではなく。
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