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発展した街並みにどこか馴染みどこか外れた人並みが溢れて、どちらが街なのかどちらが人なのかわからないほどごった返したそこをどこへ向かうともなく、庵は歩く。小さめの堅い靴につま先が妙に痛い。そろそろ新しい靴を買わなければならない時期だろうか、そこここに見える店のショウウィンドウをちらりと眺め、しかし庵は入りもせずにその速い歩を進めた。 どこまで行っても、探し物は見つからない。 舗装された道路を何気なく歩いていても、重い雲に遮られた曇天を眺めていてもどこか、探している面影がある。 あの黒髪、あの黒の眼差し。すべてにおいてあんなにも黒を晒しているのにどこか太陽の光をイメージさせるその姿、を。彼の本性を晒したあの戦いの中の笑顔を。 べつに焦がれているわけではない、焦がされたのだ。 あの笑顔に、あの炎に。 「愛してる、庵」 しかし思い出して甦るのは、炎ではない。猛々しい笑顔で戦う姿ではない。 「これが終わったら、一緒に暮らそう」 好い加減にして欲しい。そんな愛の言葉は要らない。そんな優しい笑顔は、必要ない。 そうではないのだ、自分が欲しいのは。 ただ光り輝く彼の闘いの姿。それを、こんなにも追い求めている。 戦いがすべて、戦いが己の欲を満たす。その姿を見ることのできる終わらない戦いが。 そう、焦がされたのだ。 もうすぐまた、戦いの幕が開く。 見せ付けられる強さに何度挑んでも倒せない焦りと、どこまでも庵の上をゆく彼の神々しいまでに耀く姿に感じる憧憬をまた、実感できる。 楽しみでしかたない。 たとえばこれを、恋というならば。 それは永遠に、叶わないのだろうと思う。 欲しいのは彼であって彼ではない、あの姿だけだから。 |
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