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運命とか偶然とか必然とか、そんな、くだらない言葉に翻弄される。 「庵、好き」 殺風景な部屋。ここで人が生活しているとは思えないほど匂いがなく寒々としてだだっ広い部屋。自分の部屋。 干しもせずに薄く潰れた布団に背中が痛い。見上げる灰色の天井に一色、色の濃い黒が混ざる。そう、これが彼の髪の色。細くてしなやかな彼の、髪の毛。 「好き」 情事の前はいつもそうだ、こうやって猫撫で声を出して擦り寄ってくる。内に太陽を宿しているかのように思えるその熱い身体で凭れかかってくる。これが草薙の当主か、と疑ってしまうほど安心しきった様子でもって凭れる体温。もしここでその首根っこを思い切り掴んでやったら一体どんな顔をするのか。 今、自分はそれのできる位置にいる。首を掴んで締めて、簡単に骨でもなんでも手折れる位置にいて。 「ずっと、このまま好き、だから」 縋りつくように必死に掴んで、掻き抱くように毟って締められる。そんな危うい距離にいて。 「好い加減俺を見ろよ、庵!」 京の絶叫が耳に刺さった。 「見てるだろうが」 刺さる声とは反対に平静に返す自分の冷め切った声音。 「そうじゃねぇ、」 「なにが言いたい?」 「お前、今誰を見てる?」 髪と同じ対の漆黒がこちらを覗きこんでいる。真剣な、焼けそうな光が焼ききれない庵の壁に対してもどかしいようにのたうっている。 馬鹿みたいだ。 心は揺れない。 「…なら、お前の前には誰がいる?」 「なに、」 「答えろ」 わかりきっている。 でなければ、問わない。 「お前以外に誰がいるってんだよ」 はぐらかすように躊躇ってようやく口を開いても、その揺れる瞳がすべてを語っているのだろう。戦いでは決して見えない、見せない彼の動揺。 嘲笑ってやろうか。 そんな答えは欲しくない。 「八神か、庵か、そのどちらだと」 そう、それだ。 「じゃあお前はどうなんだよ、お前の前には誰がいる? 草薙か京か、どっちだ?」 質問に質問で返す京の瞳は揺れたまま。揺れない庵の心に衝動は起こらない。嘲笑って、やろうか。 自分の心を。 「八神の前には草薙しかいない」 「俺の前には庵しかねぇよ」 「だったら、」 そう、京の前にあるのは庵という個人。 だったら。 「だったら、このままなんて都合のよいことを言うな」 求めるものが違う限り永遠なんてありえない。 「無理なんだ、こんなの」 項垂れて子どものように泣き縋りつく彼の曝された首筋を締め切れない、自分。 無理なんだ。 「だって俺たちは、敵同士なんだから」 心は揺れない、揺れたくても。 言いようのない不安と避けられぬ運命にがんじがらめに縛られたまま、ただ揺らそうと揺さ振る彼の心の突風を受けて。 揺れたい。 揺れない。 揺れたい。 |
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