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曇り空の下を俯いて歩く。うるさく目に刺さるコンクリート。午前中、夏の終わりに相応しくないほどに照った灼熱が籠もった大通りにはいまだ逃げ切らない熱が苦しさにもがいて、進もうとする足を絡め捕ろうとしているようだ。逃げるように足早に、左右同じ速度で差し出し続ける京の黒い瞳は、いまだ不機嫌に歪められていた。 喧嘩したのは二時間も前の話なのに。 いつものことなのだ、庵が自分を拒絶して悪態の限りを尽くすのは。 なのにむかついた。 「お前は自分の立場がわかっているのか?」 わかっている。 「こんなところにいてはならないんだ」 でも。 「お前と俺は、敵同士だ。それ以上もそれ以下も、それ以外には有り得ない」 だったら。 「だったら!」 「なんだ?」 「…っ」 捨てればいいだろう、なんて。 「言えるわけねえじゃねーかよ!」 小さく毒づいた声は流れゆく雑踏に掻き消された。庵に届けることのできなかった言葉は、この雑踏すらも吸い込んではくれないのか。いつかどこかでこの流れが庵に届いたときに、伝うかもしれない、なんて願いすら嘲笑うのか。 運命とは皮肉だ。 そんなもの信じていない、なのに彼は信じている。本気でそのために死のうとするのか、ばかげた幻想のために残り少ない命に火を灯して走るのか。 「信じている者にはすべてが実在する。現実なんだ」 そんなに哀しく語るのならなぜ逃げない。苛立つ自分、なのに言えない自分。 だって、戦っている姿に惹かれたのに。 家を捨てて一緒にいろ、だなんて、誰が言える? 「くそ…ッ」 足元が焼けるように熱い。いっそこの道のように、自分も自分の灼熱で彼を攫ってしまえたらいいのに。 でももう彼は攫われているのだ、熱を与えられたものに。運命に。 たとえばもがく道路が引きずり込もうと誘うなら、そうさせたのは太陽。まるでユダの裏切りみたいにすべてを引き起こした原因はきっとあの分厚い雲の先で耀きながら嘲笑している。 どうしろというのだ、言葉にしても詮無い。 人波に逆行してどこまでも進みながら、京の目は暗く沈んだまま。周りの景色すら映さない深さの奥には、ちらつく赤と青の炎が舞っていた。 六百年前にすべてが始まったのだと聞かされた。ほんの幼いころ、まだ友人たちと遊んでいることのほうが楽しいと思う時期に、閉じ込められたと言っても過言ではないほどに毎日、特訓をさせられた。強くなることに抵抗はなかった、ある日突然指先から生まれ出た炎には感動だってした。しかし訓練中だって、友との隠れ家の場所を忘れたことはなかったし、彼らの笑顔を思い描かない日は一日だってなかった。 幼子心にも思ったものだ。どうして過去にすべてを委ねなければならない? 未来に、現在に生きているのは自分たちなのに。それはいまでも思い続ける不満。だって自分は自分だろう? はた、と立ち止まる。つと上げた顔先。 もしかしたら、六百年前の幻想に捕らわれているのは自分のほうなのだろうか。 顔を上げても見えるのは、変わり映えしない人々の顔。探しても見つからないあのすべてを諦めた顔。 見たいと思った。 携帯電話を取り出した。履歴を探るまでもなく覚えた番号の最後はいつも押すのに一瞬躊躇われる600という数字。 「もしもし」 声を聞く限りでは、彼も先ほどの喧嘩をいまだ引き摺っていたのだろうか、そんなにも不機嫌に思うのなら出なければいいのにとも思うのに、声が聞けただけでも安堵の吐息が漏れた。 いとおしいなんて、簡単なんだ。 「わかったよ」 囁く。 だから、 「庵、」 焼き付けるから。 「戦おう」 戦闘の中でだけ美しく耀くその姿を見せて。 |
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