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 起きようと思えば起きられるこの瞬間。この瞬間だけしか甘えることのできない自分。
「庵ー?」
 いつもこの時間にやってくる彼を待ち侘びるように少し前に布団に入り、まどろむ時間に自分の速い心音を混ぜて夢を見る。
「また寝てんのか」
 現にかけられる声が夢のような感覚で自分の身体を包み夢に伸ばした己の手が現実の温かさを掴まえて放さないようにと力を込めて。
「…寝惚けてやがんな」
 起きているはいるけど。
「おい、起きろよ」
 その声に覚醒を拒絶する心。
 この瞬間を奪うというのか。彼に縋る唯一のこの瞬間を。
 それが誰であろうと彼であろうと、許さない。
「眠い」
「…ったく、」
 吐かれるため息に安堵する。
「もう少しだけ、このままで」
 ぼやける声音で縋るこの時間を、もう少しだけ。
「俺だってずっと、こうしていてぇよ。でも、」
 でも無理なんだろ、俺たちには。
 そう呟く彼の声を聞きながら、今日も色合いの薄い夢に身を委ねることのできる幸福と哀しみ。
 夢の中の笑顔は晴れやかで、それに涙する自分の心が刹那る痛みに消されていった。

(20031119)(20070916改定)
寝起きにしか甘えられない庵と、そうされると余計宿命を感じる京。擦れ違い。
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