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「なんか、最近元気ないよな?」 「は?」 妖怪村を旅立って数日。リーダーを探しながら東奔西走するのにも飽きた上財政も逼迫してきたので、聞き込みも兼ねて適当に大きな街に数日の宿を取った。体を休めた一日目。前回とは違うそこそこの街だったので、稼ぐ手といえばやはり賭場しかないだろうと思いつつ足を向けた二日目。前日は様子見で手加減もしたが、今日という今日が本番だと意気込んで取り組んだ三日目。そして、さすがに三日連続は店にも迷惑がかかるだろうと思い自粛した四日目の、昼前のことだった。 部屋は二階。南向きに設置された窓からは晴れた陽射しがさんさんと差し込んできていて、起きたばかりの目には少し痛い。見下ろせば宿の裏庭らしき場所が広がっていて、そこに悟空の小さな頭が見える。あれ以来なにかを吹っ切るようにトレーニングに励んでいる彼の後頭部を眺め、差し入れでもと思い庭に下りた。 ふたりで木陰に腰をおろし、彼は差し入れたコーラを飲みながら、自分はハイライトに火を点けながら雲ひとつない青空を見上げていたら、悟空が思いがけずそう言った。 「お前の話?」 「悟浄の話」 あまりに唐突だったのでいまいち把握しきれず訊き返したら、またぽんと返された。 自分は感情を隠すのがうまい質だと思う。いまのような当座の資金調達ごときではなく、賭場の賭けで自分の身を養っていたほどだ、ポーカーフェイスには自信がある。 なのにこいつにはすぐ見抜かれてしまう。まったく天性の才能というのか、いやこいつの場合は野性の勘とでも言った方が正しいかもしれない。最近少し大人びてきたような気もするが、こういうところは変わらない。 はっきりと目撃したわけでもないが、妖怪の娘とそれなりのロマンスもあったのだろう。それは恋や愛とは別物であったかもしれないけれど、悟空自身もなにかを自覚し、そして成長したはずだ。出会った時分には「妖怪も人間も関係ない」と、確信犯のような信念でもって言っていた言葉も最近では飲み込むようになった。代わりに出てくる言葉はまだ言い方は拙いままではあれど、いままでの上辺だけのそれとは違い真実味を帯びてきた。気を許した相手であると、突っ込まれたくない部分すらこうも安易に口に出してしまうあたり子どもだとは思うが。 「そうか?」 誤魔化したように聞こえたかもしれないと思ったが、事実自分でもよくわからない。ポーカーフェイスは得意だが、得意すぎてたまに自分すら誤魔化しているときがあるとか、そういうことだ。元気がない? 豪華とは言いがたいがきちんとした寝床のある場所。稼ぎ目当てとはいえ賭場での言葉遊びや酒の味。まして空はこんなにも晴れていて空気もうまい。まともな食事にもありつけず無意味にジープを走らせていたときよりも、むしろ元気いっぱいだ、と思う。 それでもこいつの野生の勘はときに図星を指したりもするので、もしも事実であればこいつ以外のほかの面子に気づかれる前に自制をしなければ、と思い訊いてみる。 「そうだよ」 「どこら辺が」 「…眉毛の辺り」 「なんだそりゃ」 そんな微妙なポイントを指定されてもいまいち理解できない。試しに咥え煙草に切り替え空いた両手で左右の眉毛を揉んでみたけれど、垂れているわけでもなさそうだ。ついでに眉間を触っても、皺が寄っているのは仕様である。 「そーおか?」 「そうだってば」 自身曖昧な部分を指摘しておきながら、なんでわからないかなあとでも言いたげに言い募る彼の手元で、汗をかいたコーラの缶が木漏れ日に光って、少し眩しい。 そういえば。 こんな風に並んで話をするのも珍しいことだ。普段であれば即口論即暴力に発展するのに。 「触覚も垂れてる」 「触覚じゃねえよ」 軽く小突けば喚いて飛びついてくるかと思いきや、やはり意外にも大人しい悟空をしげしげと眺めて悟る。 そうだ、突っ込んでくれる相手がいないからかもしれない。自分とこいつが罵り合えば必然的に銃弾やハリセンが容赦なく飛んでくるのがお決まりになっていたから、欠員のあるいまはなんとなく、できないのだろう。三蔵を探し出し合流するという目的を持って行動している現在。三蔵と離れてより無目的だったともいえる以前に比べればまだマシなほうではあるけれど、やはり気持ちのほうはそうやすやすとは浮かばない。あたりまえに返ってくるべき反応、あるべきものがないというのはなんとも不安、というより空虚。物足りない。三蔵と折り合いの悪い自分ですらそう感じるものを、悟空が感じないわけがない。といっても、彼を思うとむしろ怒りの方が湧いてくる自分の、悟空曰く「元気がない」理由は、無論三蔵ではないはずだ。これは悟空だからこその反応で、事実物足りないとはいえ、正直に言えばこちとら清々したも少なからずある。悟空にはそんなこと、言わないけれど。 となればやはり、もうひとり行動を共にしている口うるさい男のせいだろうかなどと思い、空を見上げたところで。 「悟空、ちょっといいですかー」 遠くから呼ぶ声が聞こえた。自分を呼んだ声ではないのに身を竦ませて、そんな自分に気づき慌てて伸びた灰を落としているのだという振りをしながらアチ、なんて呟いた。 「なにしてんの」 「いや、灰が飛んだ」 「悟空?」 再度呼び声。あの男が名指しで悟空を呼ぶなんて珍しい。力仕事でも必要ならいつもは自分が呼ばれるはずなのにと思い、気づく。そろそろ昼時ということもあって声のした方角からなんとも美味しそうな香りが漂ってきていた。料理の完成を告げる声であれば自分も呼ぶはずだから、料理の味見でもさせるつもりだろうか、しかしなにに対してもうまいしか言わない悟空や、まあもしこの場にいたとしたらだが、味が濃いとしか言わない三蔵に味見をさせるというのも変な話だ。自分で言うのもなんだが、メンバーの中で最も平均的な味覚を持っているのは自分だと思う。まして悟空に、「俺、八戒の料理好き」と言わしめた味は同居時代に培ったまさに悟浄好みの味付けなわけだから、味見役としてこれほど相応しい人材もいないはずなのに。 とすれば、単純に呼びたくない気分なのだろう。まあ理由はこちらもわかっているのでべつにどうということはないにせよ、その嫌味のような行為に腹が立つ。 そんなこちらの様子を、横手から悟空の熱い視線が追っていた。先ほど言われた眉毛のあたりを注視されているような気がするが、もちろん眉毛どころか顔には一切出していない、動揺している素振りも見せていない。けれど悟空なら例の野生の勘で量りかねないから、そんな見惚れんなよ、照れるだろ、なんて適当にボケてみた。しかしボケてもやはりツッコミはくれない、どころか呆れたようなため息まで吐かれてしまって、余計にばつが悪い。悔し紛れに差し入れたはずのコーラを奪って一口。すっかり温くなっていたそれに、舌がしびれた。 「まあなんでもいいんだけどさ、」 ざ、っと砂を舞い上げて立ち上がる悟空を見上げる。心ばかりでなく、体も少しは成長したのだろうかと思ったけれど、見上げる角度だから大きく見えるだけかもしれない。 「早く八戒と仲直りしなよ」 現行飼い主がいない分余計に強く、三蔵に似てきたな、と思いつつ。 |
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