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先月から連日、これでもかというほど散々に降った雨もようやくあがって、今日の空は快晴。だだ広い青には雲の白も浮かばず梅雨明けの晴れ晴れしさを感じる。まるで雨の降ったことなど嘘のように。 広大な領域を抱える空に燦然と耀く太陽は地面を思う存分に照りつけて、雨の欠片も残すことなく乾かした。繁る木々に残っているはずの水滴すら見当たらない。地面の焼ける匂いと木々の青々とした匂いに、夏の訪れが近いことを知る。 窓から清々しい風が吹き込んで悟浄の長い赤髪を靡かせる。咥えていたハイライトの煙も混ぜ返されて、どこかに流れていった。 そう、じめじめと留まっていた我が家の空気もこの風で、ひと吹きに飛び散ってゆけばよい。雨に沈んでいた自分たちの気持ちも同じように。 けれど。 「雨、まだダメなのな」 窓外の眩しい景色に赤い目を眇めながら。 風呂に入るのも億劫な状態だったからだろう、シャワーから出てきた八戒に視線を合わさないまま声をかける。きっと、暖かい場所にいたくせに青白いままの面で所在なさげに佇んでいるのだろう、と思いつつ。 「つらいのか」 問いかけても正直、答えなど聞きたくない。だって訊いても癒せもできない。だったら問いかけに意味などない。 自分にはなにもできない。 心の底から思い切り、ため息を吐くこと以外には。 後ろにいるであろう彼の体が怯えたように竦んだことがわかる、それに合わせてゆっくりと振り返ってみても。 青白い顔に変化などない。 「…はい」 「溺れそうになる?」 言ってから気づく。失言だ。 けれど一瞬、言葉を詰まらせて緑の視線を危うく泳がせる八戒の姿勢に苛立った悟浄の言葉から、棘は抜けない。 たぶんこれは、諦めだ。 「溺れちまえよ。止めやしねえから」 窓際に引っ張ってきた椅子は背もたれが硬くて、寄りかかると背骨の出っ張りが当たって痛い。それを知っていて、窓の外に反り返るように背中を預けた。 「なんかもう、面倒」 この梅雨で知った。 雨の日、息もできずにのた打ち回る八戒を見ているのも、それを助けられず癒せもできずに泣きそうになるのも、そんな思いをさせる彼の思い人を憎むのも、彼自身を恨むのも、それ以外にできない自分自身に苛立つのも、もう。 「疲れた」 ゆっくりと湿った空気を吸い込んで、ため息を吐く。背骨にかかる痛みが体を苛んだ。 溺れていたのはたぶん、自分のほうなのだと思う。雨の日にのた打ち回る八戒を見ている、その自分がのた打ち回っていた。 もがいていた自分に気づいて、疲労に気づいた。 もう、耐えられない。 この沈黙もなにも、息が詰まる。 「…すみません」 「どうでもいいよ、」 窓外に身を乗り出したまま、空に向かって呟いた言葉。 なんでもいいよ。 息をするのも、億劫だ。 |
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