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おあつらえ向きに襲ってきた妖怪たちをこれでもかと八つ裂きにしたあと自室へと引き返し、慌てて荷物をまとめている最中、買い物のときについ癖で買ってしまったハイライトのカートンを見つけた。煙草屋の店主に「赤マルソフトとハイライト、三カートンずつ」と言いかけた途中で吸う人間が不在な事に気づいたが、いまさら取り消すのも癪で買ってしまったそれ。しかしこう堂々と目の前にあるのも彼の存在をちらつかせてなんとも癪だ。 ソフトパッケージのため他の荷物の下には入れられない。最後に詰めようと簡素なベッドの上に並べて置き、表面に書かれた銘柄を指でなぞりながら。 あくまで中立な立場だと言いながら、肩入れしている自分に気づく。 まったく三蔵のお節介。 わかっていて行かせた? そんなのは当然であり、それを三蔵が言うのは自身を棚上げにした発言もいいところである。そもそも旅の目的として、自分たちが第一に守るべきものは三蔵法師の御身であるべきなのに。 彼の過去の経緯は、同居時代に話を聞かせてもらったからそれなりに知っている。とはいっても、本当に経緯だけだ。その裏にあった感情までは掻い摘んだ程度でしか読み取らせてもらえなかったけれど、禁忌の子であること、兄に対する執着、そしてあの晩の、少年を抱きながらいたあの様子を見れば今更聞くまでもない。愛だの恋だのにふらふらしているのも飢えているからだ。自身がそういった感情を与えられることにもそうだろうが、与える喜びのほうにも飢えている。存在意義を探している。 愛に飢え一途で、神様を一心に信仰しながらもどこか恐れて、それでも守りたいもののために必死で、最後には玩具のように数珠で貫かれて捨てられた少年。 自分たちですらもやりきれない思いでいっぱいだったのだ、似たような傷を持っている悟浄がどれほど悔しかったかは察するにたやすい。きっと、握り締めた拳には爪が食い込んで血が滲んでいたに違いない。 ろくでなしのひとでなしと思いきや実は繊細で、誰よりも人間としての感情の機微を持ち合わせている悟浄。だからこそ惚れさせることもうまい。しかも言うことなすことが虚勢や虚言かと思いきや地で行っている。だからこそ惚れてしまうのだ、女も男も。 実際のところどうだ、悟空は愚かあの三蔵までも気にしている。心配とは違う、いないことがこんなにも空虚だとは、その存在感に脱帽する。 自分自身とて同じである。ましてただの友情や、仲間だとかいうもの以上の関係を築いてしまった自分にはこの仕打ちは辛すぎる。 「悪ィな」 あのときの歯痒さをどう表現すればいいのだろう。 わかっていて行った彼とわかっていて行かせた自分。なんて遠い存在なのだろう。長い時間寝食を共にしそれなりに情を育んできたところでこれだ。三蔵についてゆくことが任務であると自身に言い聞かせながら、結局、自分には引き止める勇気もなかった。いやそもそも、権利がない。 思い出してしまったのだ、いつかの。 「お前には関係ねえよ」 そう言われた、雨の降りだしそうな夜を。 フィードバックしたその情景が目の前にちらついた瞬間、いまさら怖気づいてしまった。それが彼の常套手段であるのに。 あの言葉を言われるのが怖くて一歩引いて大人な態度を取った。そのくせいないことがこんなにも不安なんてなんとも嫌味な存在である。 今の自分はいままで悟浄に捨てられてきた女や男と同じような思いを抱えているに違いない。 まったく惨めもいいところだ。あんな男に惑わされるなんて。 自身は人の内情に深々と立ち入ってくるくせに、自分の場合は切り離すのか。いざとなれば見捨てるのか。俺自身の問題だから? お前に迷惑はかけられない? 突き放す言葉の裏にそのような本心を隠しているのだろうが、そんなくだらない情など、こちとら望んでなどいない。 一瞬でも、自分と離れることを惜しんだだろうか、後悔しただろうか。それだけでも聞かないと腹の虫がおさまらない。 彼のために買ったはずの煙草なのに、わざわざ吸わせてやるのも悔しくて一箱拝借した。ぴりぴりと耳障りな音を立てるビニルテープを乱暴に毟り、中にある銀色の紙を切り取ろうとしてふと思い出す。ソフトパッケージの上部は、銘柄のラベルを挟んで左右どちらの紙を切っても開封できる仕様になっているけれど、悟浄はいつも決まった方から開封していた。なにかこだわりがあるのかと訊いたら、紙が折り重なる形が「人」の字であるほうは切らないのだと、人とのつながりも切れてしまいそうだからと、言われた。 思い出した流れでさてどちらが「人」だろうかと覗き込んで、そんな馬鹿げたジンクスに振り回されている自分に気づき、腹が立つ。こんなふうに自分から振り切って旅立ったくせになにが「つながり」だ。 適当に封を切って取り出したそれに火を点ける。重い煙が腹に溜まって、一瞬後吐き出した紫煙の奥にいつものにやけた顔を思い浮かべながら。 「あんの、クソッタレ」 悪態をついた。 |
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