←戻


な い な い な に も な い

 何ヶ月かぶりだった。
 元彼からメールが来た。
「明日遊ばない?」
 奴と別れてからすぐにアドレスを変えたのに、まったく誰から聞き出したのか。相手方の登録情報を削除していたら名前すらもわからずに即行で削除していただろうそのメール。
 予告もなく、何ヶ月もの空白のあいだを埋めるべき言葉もなく唐突に、そして呆気ない文字の羅列が、寿命をとうに過ぎた傷だらけの携帯の四角いディスプレイに整然と並んでいる。
 憎たらしい。
 付き合っていたときからそうだった、文中に絵文字も顔文字もなにも入れてこないから飾りっ気がない。句点や読点を入れるのすらも面倒なのか長文では送ってこない。いつもいつも、話を引き伸ばすように長い文を送っていた私の、一通送るごとにかかる時間を無視して一分とかからず返信してくるやつの、私はどこに惚れていたのだろうか。
 憎たらしい、本当に。
 男勝りな自分を隠すのに必死で相手にきつくも出られずに過ごした数ヶ月。愛を囁いてほしいと思いながら強請ることもできずに我慢に我慢を重ねて重ねて重ねて。ふらふらとつかみ所のない相手に合わせるのに必死だった。
 そんな自分につらくなった。こんなの、意味のない付き合いだと。
 そんな折に向こうから言われて。ファミレスでコーラを啜りながら窓の外、行き交う人を眺めながら、別れよう、と、短文で。
 舌の根も乾かぬうちとはこういうことだろうか、しかし乾かぬと思っているのは私だけなのかもしれない。
 忘れたことなどなにひとつない。
 登録情報などさっさと削除してしまえばよかった、と今更になって後悔。
 はあ、と深いため息を吐く。悶々と考えていたわりには短文で。
「遊ばない」
「そっか」
 それだけだ。
 ふたりの会話はたった三通のメールのやり取りで終わった。
「別に、後悔なんて」
 声に出して呟く。もう終わったことだと。あのつらさも苦しさも涙も、すべてはもう終わったことだ。いまだに濡れている私の舌の根もいつかは干からびて他の水でも求めるのだろう。
 そう、乾くことのない思いなどなにひとつない。
「誰かと、遊ぶかな」
 どうせだったら空いた時間、有効に友人とでも遊びに行こう、そういえば明日は何曜日だったか、と傷だらけになった携帯電話から目を逸らすように無表情をカレンダーに向けた、ところで。
「…」
 思わず固まる。
 誕生日だ。
 明日は、私の、誕生日。

 ああ、もう。

 どちらにせよ向こうがこちらの誕生日なんか覚えているはずもない。もしかしたらなどという期待は虚しくて。
 確かめる術すら失った自分に溜め息。
「いまさら、後悔なんて」
 言い聞かせるように呟いた言葉は鳴らない携帯をさらりと撫でて、癒えない傷をまたひとつ増やした。

061元気がくたくた(20040615)
落胆。
←戻