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夜 啼

 八戒、起きてる?
 …悪い、起こしちまったかな。
 そっか、じゃあちょっと、飲まね?
 やー、たまにはいいかなと思ってさ。ビールでいいだろ?

 八戒、ちょっと変な話してもいいか。
 もし俺がさ、夢遊病になったらどうする?
 …そんな気味悪い顔で見るなよ、ショックだろ。
 眠れない? いや、そういうんはねえんだけど。
 ただ寝てるとき自分がなにをしてるのかがわかんねーっつーか。普通そうだってわかってるけど、俺の場合寝てるから覚えてないんじゃなくて、寝てないのに覚えてねえの。
 いや、違うかな。
 なんつーか、自分は寝てるつもりなんだよ。爆睡こいてるつもりなわけ。でも周りから見たら寝てないらしいんだよなこれが。普通に喋ったりビール飲んだり、煙草まで吸ったりするらしい。シャワー浴びたりもできるんだ。ただ感覚がないから冬場なのに水浴びてたりしても気づかないっつーか、そういうとこは寝惚けてるみたいでさ。
 だからもしかしたらいまの俺も、ほんとは寝てるのかも知んない。明日になったら忘れてるのかも知んない。
 そうそう、馬鹿馬鹿しいと思うだろ? でもほんとなんだって。
 昔からそうだったわけじゃねえと思う。兄貴からそんな話聞いたことねえもん。
 うん、言ってくんなかっただけかもな。でも例えば俺がそんなふうだったら、おふくろは喜んで俺を病院に連れて行ったと思うよ。
 気づき始めたのははいつだったかな。
 ある日あるとき、どこかで誘った女と、どっかの安い宿に行ったわけよ。曖昧ったってうろ覚えなんだもん、仕方ねえだろ。
 んで、ありがたくちょうだいしたわけさ。やることやったわけ。
 で、酒入ってたからそのまま眠っちまったんだけど、起きたらさ、知らない場所にいるんだよ。
 そうそう酒場だったな、たぶん女と一緒に入った宿の一階にある、食堂みたいなところで、ひとりで酔い潰れてた。
 一瞬、女と過ごした一夜が夢だったのかと思った。でも女の残り香も体に染み付いてたし、その宿のマスターに部屋番確認して部屋まで行ったら、ちゃんと女が寝てるわけよ。
 家で寝てるときも似たようなことがあった。気づいたら違う場所で寝てることとか、電話かかってきて、昨日の晩約束したこと覚えてる? なんて言われたときはさすがにぞっとしたぜ。
 そんなことが何回かあってな。
 そんで、調べてみたんだ。そんなふうに自分の知らない自分がいるのが気持ち悪かったから。
 夜驚症って言うんだって。赤ん坊の夜泣きみたいなもんなんだけど。
 子供がなんで夜泣きするか知ってるか? あれって、夜が怖くて泣くらしいんだよな。普通夜中に目が覚めることはよくあるらしい。大人はそれが怖いもんじゃないってわかってるから泣いたりしないけど、赤ん坊は知らないからな。
 想像してみろよ。真っ暗な中、普段は付きっ切りでいる親がいない、自分ひとり。
 そりゃ、泣くよな。赤ん坊にとったら親は世界のすべてだから。
 ってそんなことじゃなくてさ、俺のその夢遊病みたいな症状も、それと似通ったものらしいってこと。
 じゃあ俺はまだ子供みたいに淋しいとか怖いとか思ってるわけかっていうとそうじゃなくて、大人でもそういうことはままあるらしい。ストレスがたまりやすい仕事のやつとかな。よく寝言で目覚めたりしねえ? そんな感じ。俺の場合はもっと顕著に出るだけ。
 お前いま「あなたにもストレスなんてものがあるんですね」って言おうとしただろ。しっつれーだなー、これでも毎日必死なんだぜ?
 そうだな、お前がいるから助かってる部分もあるよ。
 てめ、ひとが珍しく素直になってるっつーのに、気持悪いって言うな。

 …なんか、喋りすぎて咽喉渇いちった。八戒ビールもう一本取ってきて。
 だめ? なんで?
 大丈夫だって、ちゃんと自分で始末するから。寝煙草もしません、はい。
 …八戒。
 ごめん。ありがとな。



 部屋に戻ったら、布団の上に丸くなっている悟浄がいた。ビールを待たずに寝てしまったらしい。
 ストレスを感じると出る。
 だったらいまの自分との生活に彼はストレスを感じているということだろうか。
 それでも自分は昼間とは違う、訊いたことに対して正直な答えを返してくれる、それ以上の理由も教えてくれるこの時間の悟浄が好きだった。
 独占欲。だから誰にも言わない。きっと彼が出るのは自分の前だけだと確信できる。
 今夜のことも、明日の朝になればまた覚えてないのだろう。
 壁掛け時計の針は深夜三時を指したところだ。

054おやすみなさい(20070703)
勝手なことをしてごめんなさい。
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