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春。芽吹いた草花が生い茂る丘の上で向き合いながら話をする。 「はっきり言おう、おまえと付き合うことで、俺にメリットはなかった気がする」 そうかもしれませんね。僕はしあわせでしたけれど。 「周りからはホモホモ言われるし」 不可抗力とはいえ事実そうなんだから、そういうの逆切れっていうんですよ。 「知ってるか? こっち戻ってきてから俺さっぱりモテねえんだけど」 でしょうね。旅立つまえに僕が言いふらしました。 「ナンパひとつで見えない青筋立てるし。見えねえけど、見えてたっつーの」 愛の力ですね。 「おまえのボケにいちいち突っ込むのももーかなり疲れた」 それ、言われるたびに心外なんですけど。僕はいつでも真剣ですよ。 「最終的には、先に死にやがって」 僕は笑った。悟浄が好きだと言ってくれた心の底からの笑顔だったのだけれど、悟浄にはもう二度と見えない。 「じゃあ俺、帰るわ」 向けた背中の大きさは変わらなくて、思わず抱き締めたくなった。できなかったので抱き締めるふりだけをした。そのまま彼が歩いてしまえば腕から簡単にすり抜けてしまうのだが、そうならないことを知っていた。背中を向けても悟浄は、いつもすぐには帰ろうとせずここに広がる景色とその中にぽつんと見える自宅の屋根を眺めながら、一服をするから。 そのまま、心で語りかける。 あのね悟浄。 わざわざそんなこと言うために墓まで立ててくれなくてもよかったんですよ。毎日決まった時間にお墓参りとか、不規則な生活ばっかり板に付いたあなたには性に合わないでしょう。 知ってますよ、ここにくるたびにもうこないもうこないって言い聞かせてること。 あのね悟浄。 僕はもう二度と、置いてけぼりは嫌だったんですよ。あなたの最後の姿を見る勇気がなかったんです。残されたあとの孤独に耐え切れる自信がなかったんです。 だからあのときあなたを庇った。それは別にあなたのせいではないし、こんなふうにしてもらう資格もない。 生きていたころ、あなたによく言われていましたよね。その通り、僕はずるいんです、卑怯なんです。 だから、もうこんなことしないで。 でも、一緒にいたときよりも数倍、数十倍も僕のことを考えてくれたのは嬉しかったです。一緒にいたときよりも、あなたと心が通じ合えていることが嬉しかったです。それは、嘘つきな僕の唯一ともいえる本心。 さよなら。もうこないでください。 じゃないと僕、ここを離れられないんです。 「また、くるから」 ぽつりと聞こえた声に、涙が出た。 通じ合えているはずの心は、結局のところまったく通い合ってなどいなかったのだ。 それともこれが僕の本心なのだろうか。わかっているから、彼は毎回こう言うのだろうか。 腕をすり抜けて去ってゆく彼の背中。段々と遠退いてゆくそれを見ながら、思う。 明日もまた、自分はここで彼を待つのだろう。 |
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