←戻 |
彫り物でも入れようかな、と春に曇った空を見上げながら悟浄が呟いたのは、朝ももうじき昼へと姿を変えようかとしている中途半端なさなか。食事も終えてなにをするでもなく、外の空気を吸いに出た自分の後を追って煙草を吸いに出た悟浄の伸びかけの髪が風に煽られて曇り空に向かって手をかざす。 生温い風に抱かれながら玄関前で男ふたりが溜まり話しているのは、傍から見れば案外と滑稽だろうと思う。まあ人気のない山奥の民家では気にする人もいないだろうからよいのだけど。 「刺青ですか?」 「そ、似合いそうだろ」 八戒の横で家に背を向けて正面に聳える細長い木の乱立を眺めながら白い煙に乗せて言う彼の表情には本気なのかどうなのかわからない軽い笑みが昇っていて、なんとなく、その軽さでもって風にでも浚われそうだと思った。 「髪赤いから、赤い華とかどうよ?」 いつも唐突に、そうして呟かれる言葉に動揺している自分を、きっと彼はまだ知らない。 たとえばその背に色を彫るなら、むしろその背に赤く流れる血を見たいと思う自分だとか。 その赤い髪が風に吹かれて背にかかる、その程度の生易しい色では物足りない。鮮血のように鮮やかで眩しいくらいの赤を。 そしてそんな赤を流させるのは、決して自分でしかありえないと、確信よりも強く信じている自分を、たぶんまだ、彼は知らない。 「彫り物入れたらチンピラで済まないからやめてください」 「どーいう意味よー」 軽口に乗って調子に乗って、風に吹かれたまま流れそうになる彼を牽制するのに必死な僕に、彼はいつ気づくのだろう。 でもまだ、傷をつけるのは早すぎる。血を流すのは早すぎる。 だってまだ、彼は気づいていない。 |
←戻 |