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炭 酸 、 茶 褐 色

 町に出かけると必ず出会う顔。
「悟浄、久しぶりね」
「最近お店来ないけど、どうかしたの?」
「あなたに会えないと淋しいわ」
 そう言っては過ぎ去ってゆく彼女たちの後ろ姿を眺めては思うことがある。
 別に八戒でなくても、自分は結局のところ変わらないのかもしれない。
 八戒のことが嫌いなわけではないし、これから先だって多分、嫌いになろうはずもない。先のことはわからないと笑いながら、でも確信に似た気持ちでそう思っている。
 だけれども、と。
 もしもいま彼がいなくなったらたぶん、自分は迷わず過去通り過ぎた女たちの元へと戻るだろう。過去の生活と同じだけ自堕落に同じだけ自由に淋しく、彼のいたことなどなかったことにして。
 悲観的なわけではないと思う。ただ客観的で、冷静なだけだ。冷めているといわれればそうかもしれない。
 ただ、彼以外にもいるわけだから、別に彼に執着する必要はないのではないか、と。
 わからん。
 本当にわからない。なぜ彼なのかとか、なぜ彼に安堵するのかとか。
 彼がいなくなったあとを思えばこんなにも簡単なのに、彼がいなくなることを考えるとなぜこんなにも胸が痛いのだろうか、とか。
「わからん」
 唸る。
「まったくもってわからん」
「僕もわかりませんよ」
 夕飯を終えてのひととき、テーブルと流し台とのあいだを熱心に行き来している八戒を、いつもの銘柄を咥えながら眺めやりいらぬことを考えてぽつりと呟いた、その言葉に、思いがけず八戒もさらりと返してきた。次いでかちかちと皿の擦れあう音が耳に届いて、その音すらも聞こえないほど考え込んでいたのかと思う。
 なんでこんなにも真剣に考えてしまうのかすらもわからないのに。
「なにが?」
 言葉と一緒に煙も出しながら訊けば、何往復目かの合い間にテーブルの上に散らばっていた空の皿をかき集めながら。
「なんで悟浄は、片づけくらい手伝ってくれないんでしょうかね」
「…」
 わからない。
「てか、それは知らない」
「僕も知りませんよ」
 うん。
 まあ別に。
「どうでもいいや」
「よくないですけど」
 まあ、うん。
 いいや。

015幸福論(20040615)
いまが幸せだからそれが終わったあとのことを想定するとかなんとか。
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