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 戦闘になると生き生きとしてくる。その豹変振りに、自分で気づいているのだろうか。
 いやたぶん気づいていないのだろう、だからこそああして人目も気にせず晒すのだ。
 あの、なんともいえない目を。



 実を言えば刀は服が汚れるから好きではない。ずぼらな自分の意外な潔癖だ。ひとには、司令塔として後方から全体を把握しないといけないから、と答えているが、実際は返り血を浴びることのない距離を保った攻撃ができるという点で銃が一番適任で、だからこそ彼の表情を見ることができたのだけど。
 メタモルフォーゼして元の好青年の面影などひとつもなくなったただの塊に、抜刀した容で対峙する捲簾。ゲームでいえばいわゆる対ボス戦だ。雑魚を相手にしながらも遠巻きに眺める部下たちと同様、自分も愛器を発砲しながらその様子を見ていた。
 ボスがひと吼え、それを合図に踏み込む、その瞬間。
 舌なめずりでもしそうなその顔。
 まるで、狩りを楽しむ獣のような、血を見るのが楽しいとでも言うような、天上人にあるまじき真っ黒な。
 ぞっとした。恐怖ではない、なんだか体の奥底が熱くなるような感覚。項の辺りに汗が吹き出て、咽喉が渇いた。
 自身で気づいているのなら晒しはしない。
 戦いが済んだあと部下たちは、さっきまでボスに向けていたはずの視線で今度は捲簾を見る。いや、ボスに向けていたものよりももっと、恐れとか怯えとかそういった色の濃い視線だ。もう獲物は仕留め終わったというのに、どう声をかけてよいのかわからないといった風情で立ち尽くすのだ。
 あの目を見ると、どちらが敵なのかがわからなくなる。
「お疲れさまでした、」
 そんな中、自分は噴出した汗を隠しながら極力平静を装って声をかける。彼のあの顔を初めて見たあとは変に歪んでいた笑顔も、幾度となく戦場を共にすれば慣れたもので。
 それでもやはり拭い切れない恐れはある。彼の顔を間近で見るまでは銃から手を離せない。倒したボスに向けている顔をこちらにはっきりと見せてくれてからでないと、安心して懐に銃をしまうこともできない。
「少々苦戦しましたか?」
 まあな、と軽い返事をして刀を振る捲簾の目はいまさっきとは打って変わってとても人懐こかった。それでようやく安心できる。
 ふと、それが彼流の作戦なのだろうか、と思った。ついつい手を伸ばしてしまうような気軽さで、寄ってきた獲物を狩る。まるで罠だ。
 では、嵌まったのは一体。
「お前、戦うの好きだよな」
 不意に言われる。
 それはこっちの台詞だ。
「あなたほどでは」
 謙遜の意味ではなくむしろ嫌味でそう答えた。通じているのかいないのか、そうか? と照れたような笑顔で言われて腹が立つより逆に怖くなる。遠巻きに見ている部下たちの意味に気づいていない。彼の後ろで、いつも犬のように捲簾の周りをくっ付いて歩いていたあの年若いひとりの部下がいまは彼を尊敬の目ではなく違う色で見ていることに気づかない。血を見るのが楽しいというのは当たり前のことなのだと言うような笑いにぞっとする。
 やはりまだ銃から手を放すのは早かったのだと思ったところで、彼の後ろで小さく動いたそれに目がいった。
「生き生きしてるって、ほんと」
 あさってのほうを向いて、なんていうか、と言葉を探しながら刀に浴びた生臭いものを拭っている捲簾は気づいていないようだ。倒したと確信しているのだろう、化け物の手だった辺りがまたゆっくりと持ち上がっているというのに。
 詰めの甘い捲簾の一太刀に舌打ちをしながら胸元にしまった銃に手をかける。小型のそれは手のひらにすっぽりと収まって実に使い心地がよい。何十年、いや、何百年かけて自分の手の形に馴染んだそれを懐から取り出す瞬間の、なんと楽しいことか。
 ゆっくりと捲簾の肩に銃を持った自分の腕を置く。斬撃によって形も定かでなくなったそれの、頭があった辺りに照準を合わせて引き金を引いた。
 そして呆気ない時間。
 ほら、と耳元で声がした。手元を安定させるために肩を借りたのだが、気づけば抱き合っているような形になっている。それに驚いて体を離した瞬間、発砲直後で熱くなっている銃口にもかかわらずそれを握って引き戻された。
「その目」
 覗きこまれて、言われる。
「ギラギラしてる」
 言いながら彼の目も光っている。そう、あの目だ。例えるなら、ギラギラと。
 同じような光を自分の目も湛えているのだろうか。わからない、けれど。
「俺も、殺したい?」
 冗談だとわかっていながら。
 笑いながら言われたその上下する咽喉から、目が離せない。

004ケダモノの嵐(20060610)
Bまで行ったと〜アハハハン、というわけでちょっと大人な風に書きたくなった。
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