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今夜はよく冷える。 冴えた夜、月は丸く、赤い。 その燃えるような冷たさに誘われるように、絆されるように、身体を重ねたのはついさっき。常と同じように、食品や酒やその他もろもろの収納されている小さな格納庫で隠れるように、窓越しに月を見ながらの情事。お互い半分狂いそうになりながら抱きあった。 いまだ荒い呼気の治まらぬ胸元を撫でながらサンジは、それを誤魔化すように煙草に火を点けた。 「だるい」 肺から吐き出す白に混ぜて呟く声は掠れている。掻き抱く衝動は凄まじく、はじめこそなんとか自制もしていたが、気づけば緩んだ口からはみっともなく嬌声が漏れていた。吐き出される熱い吐息にも焦げたように痛みを訴える咽喉は煙草の煙すら苦いと侵入を拒んでピリピリと痛む。それでもサンジは点火したヤニを手放しはしない。 いつもそうだ。情事の終わったあとはいつも、痴態を誤魔化すために口元を隠す。 「疲れた」 常なら低く甘く響くはずの自分の声音もいまはハスキーに耳に届く。それがなによりも先ほどの熱を思い出させるが、沈黙はそれこそなによりも居たたまれなくて。気恥ずかしさに任せて愚痴という名の言葉を紡ぐ。 狭い格納庫の壁に寄りかかりながら、痛みに負けないようニコチンを苦しくなるまでに思い切り吸い込んで、その勢いで今度は思い切り吐き出した。燻る紫煙で、正面に座っている男から自分を隠すように、自分から男を隠すように。 男の投げ出された頑丈そうな脚だけが目の前に、ある。 「だるいなら、風呂でも入ってこいよ」 見詰めた足の奥から素っ気ない声が聞こえた。 「俺はもう寝るぞ」 見えていた足がもぞもぞと引き戻されるのにつられてゆっくりと顔を上げて。晴れた視界の中現れた相手に一度は圧し止めたはずの心拍がどくんと鳴った。 「てめえも、寝ろ」 淡白な、いっそ冷淡とも取れる声。 ついさっきとは別人のようだ。あんなに甘い声で囁いたくせに。 「誰かさんのせいで立てません」 「知るか」 高鳴った心臓は暴走するまま、わざと押し隠して軽口を言ったサンジに男は言い放つ。 声と同じように冷たい目。 本当に、嘘みたいに豹変する。抱き締めるときは視線に熱いものを混ぜて見るくせに。こちらが融けてしまいそうなくらいの。 考えれば考えるほど高鳴る、昂ぶる。 ああ、熱い。あの赤い月のように、その冷たさに熱くなる。 「なあ、」 扉に手をかけた男の背中を呼び止めた。 「なんだよ」 「もうちょっと、一緒にいろよ」 今夜はよく冷える。身体は寒い。奥は熱い。 一致しない冷気は身体を巡って融かしてゆく。 「…いいぜ」 その冷えた瞳が、一瞬燃えた。 針鼠は同種でない限り、どんなに愛して抱き締めても、愛しいものを傷つけるだけなのだと、そういったのは誰だった? こんなバカな男が愛しくて仕方ないなんて、つまり自分はバカなのだろう。 こんな冷たい男が好きだなんて、つまり自分は冷たいのだろう、か。 同病相哀れむ、同類なら傷も小さくて済むかもしれない。 焼けた気持ちをそう慰めて、冷えた今夜、またも自分たちは傷を負う。 |
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