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酒 色

 酒の上での言葉なんて、あとから誤魔化すために吐くものだろう?



「月が綺麗だ」
 そう呟いたサンジを、ゾロが珍しく酒飲みに誘った。
 頑丈な木製の板場に腰を据えて飲み交わす。
 どこからか持ってきた透明なグラスと簡単に作った肴みを盛りつけた硝子の器が、薄蒼い月光に、きらりきらり、と照る様はどこかさざ波のよう。注いだ透明な酒はその光を曇らせなどせずに、射す力を優しくまろく反射させた。
 漆黒のイメージを持った夜空はしかし、見上げればどこか紺碧がかっていて、月の周りだけ白く浮かび上がっている。形の崩れた丸の周囲、散らばる星ぼしは小さく謙虚で質素で、そう見えはしても貧弱さなど微塵も感じさせない美しさで遠く浮かぶビロウドを彩っていた。
 しっとりと湿って流れる時間。
 いつものようにふざけあうでもなく怒鳴りあうでもなく、ふたりはその時間の海にただゆったりと身を任せた。
「綺麗だな」
 呟くサンジの声も、どっかうっとりと、甘い。
 ゾロの視線の先で、グラスを時折呷りながら魅入るように天蓋を見上げるサンジの頬は月光を反射して白く、そして仄かに赤い。しっかりと刻む言葉には酒酔いなど微塵も感じない。ただ、雰囲気に酔った状態、なのだろう、笑みに緩んだ口元が優しく穏やかなのは。前髪に隠れて見えないが、その目も夢を眺めるようにうつらとしているに違いない。
「ああ」
 ため息のように相槌を返す。
 さらり、と風が甲板を薙いだ。浮き上がる金髪に、隠れていた目元が露になるのにあわせて。
「綺麗だ」
 呟きは風に浚われてサンジの耳には届かなかっただろう、けれど。
「惚れそうなくらい」

 今夜は珍しく、酒のまわりが速いらしい。

HIDEOUT1】蜘蛛さまへ
リク:ゾロサン
片思い。なんか恥ずかしい。
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